【その4】「やれることを、やってくれればいい」。親子2人で作った介護のかたち

あん・だんての遠距離介護ってどんな感じ?ひとり暮らしの父 × 遠方に住むひとり娘

遠方に住んでいるご家族の健康や生活について、お悩みはありませんか?

富山では、「介護は家族がするもの」「私がやらなければ…」と、負担を感じる方が多いように思います。

家族にとって、介護の形はどうあったらいいのでしょうか。

この連載では、あん・だんての「病院付き添いサービス」「やりたいこと伴走サービス」を、2年にわたってご利用いただいたお客様の体験談を通して、「遠距離介護」「これからの介護の形」について考えていきたいと思います。

高齢の父を遠距離介護で見送った娘のKさんと、あん・だんて代表の橋本さんにお話を伺いました。

(文:ワールドリー・デザイン)

その3はこちら

 富山のケアハウスで、最期まで自分らしく過ごされていたお父様。遠方に住む一人娘のKさんは「病院付き添いサービス」を利用し、あん・だんて橋本さんと二人三脚でお父様に向かい合い、介護に取り組みました。毎日の5分電話を欠かさず、親子2人の時間を大切にしながら、Kさんは遠距離介護をやり抜いたように見えます。

 しかし、自分の仕事や日々の暮らしと遠距離介護の狭間で、「もっとそばにいてあげたい」と葛藤することもあったといいます。そんな心を軽くしてくれたのは、お父様の言葉でした。

「やれることを、やってくれればいい」という父の言葉

K「やっぱり、いつも『もっとやってあげたいんだけど、どうしてもできない…』という現実に悩むことが多かったんだけど、父は最期まで私に『やれることを、やってくれればいい』って言い続けてくれて。

その言葉があったから、私は自分を追い詰めることなく、父と向き合い続けることができたんだと思う」

橋本「お父様は、Kさんが遠くから日々精一杯心を寄せていらっしゃることを、誰よりもわかってくださっていたんですね」

K「ええ。父がそう言ってくれたおかげで、『こうしなきゃいけない』って一人で思い詰めるんじゃなくて、『じゃあ今の私に何ができるだろう』って、前向きに考えることができた気がします。お互いに無理はしすぎないけれど、でも大切に思い合う。そんな関わり方を父と一緒に作っていけたことが、私にとって、すごく大きな心の支えになりました」

一人娘であることの、周囲からのプレッシャー

橋本「Kさんのお父様は、『できることは自分でやる』ということを最期まで実践していた、自立した考えの方。ずっと一緒にいたけど、どうしてそんな考えになれるのか不思議だったんです」

K 「父は昔から、『やりたいことはやればいい』と背中を押してくれていたの。高校を卒業して私が県外の大学に進学した時もね。当時、一人娘で県外の大学に行くことは珍しかったんだけど、両親は心配しながらも快く送り出してくれたのよ。

周りからは『一人娘なのによく許してもらったね、あとで戻ってくるんでしょう』ってよく言われたわ。両親も『週末は帰って来られるようなところに住んでほしい』という気持ちはあったみたいなんだけど、私は冬でも天気がいいところに行ってみたかったの。

『女でも手に職を持っていた方がいい』という考えの両親で、進学自体は賛成だったのよ。父も母も、もっと学びたいという気持ちがあったのに周りの環境が許さず、働かないといけなかった。そんな2人だったから、私が大学に行くのは賛成してくれたんだ」

橋本 「反対はまったくなかったの?」

K 「親戚は、女なのに〜とかって反対してたわ。結婚したとき、『お父さんお母さんの面倒は最後まで見るから』って言ってたんだけど、そのときは両親も若かったから「別にそんなもん、世話にならんでも生きていくわい」って言われた。私が県外の大学に出て行くときなのか、その前からか、覚悟してたんじゃないかな。すごく精神的に自立している人だった。

母の病気がわかったときも、父は『全部自分でやるよ』って言ってくれた。私たち娘夫婦が海外に行くことになったときも、母の病気は進んでいたのに『大丈夫だから』って言って送り出してくれたの。そういう面では本当に父に感謝してる。

 『やれることをやってくれればいい』っていつも言ってくれたことは、すごく良かったかな。私はね、大学に進学したものの、『どうせすぐ、子供を産んだりして辞めるから』という理由で望んだ仕事への道が絶たれてしまったの。

一度は別の道に進んだんだけど、そこで定年まで勤め上げてから、若い頃に断たれた道を再び歩き始めた……憧れていた仕事の一端に、ようやく辿り着けた。父が体調を崩すようになったのはそんな頃だったの。その仕事を手放したくなかったから、父のスタンスは本当にありがたかった」

橋本 「病院の待ち時間に、お父様がしてくれた話を、冊子にまとめたんですよ。度々出てくる『なるようにしかならない』っていう言葉は、戦争とか、これ以上ない経験をした人の言葉かなと思う」

K 「父と戦争は切り離せないかも。戦争は自分の意思が全く通らない世界。 『できる時代、環境であるなら、それをやるべき。自分の娘がやりたいことがあるのであれば、それはさせるべき』と思っていたんだろうね。

父は全くできなかったから。 戦争一色で、学校でも勉強ができなかったことを非常に残念がっていたし、戦後は下のきょうだいたちを食べさせるために寝ずに働いていた。学歴がないだけで、思うような仕事にもつけなくて。それから自分の母親の介護をして、奥さんの介護もして……。自分の時間を持てるようになってしばらくは、車でドライブしたりしてたけど、1人じゃ面白くなかったみたいで」

K「そんなスタンスの父だったから、話しながら一緒に介護のかたちを作っていったの。

親子の関係って、本当に人それぞれじゃないですか。だから、介護の形も、ご家族の数だけあっていいのかなって思うの。自分たちがどうしたいか、どんな風に関われるのか、それを一番に考えていいのだと思います。

介護保険のサービスでしっかり生活の土台を支えてもらいながら、互いの暮らしを大切にしていくために、保険外サービスのプロの力も借りる。それは誰かに丸投げするということではないんです。信頼できる皆さんに状況を相談して、お願いできたからこそ、私に心の余裕が生まれて、父との時間をより大切にできたんだと思うわ」

橋本「周囲の目ではなく、お二人にとってどうしていくのが一番無理がなく、お互いを大切にできるのか、試行錯誤しながら、最善を形にしていかれたのですね」

「介護は家族がするもの」「私ががんばらなければ……」と思っていませんか?

親子の数だけ、介護の形があります。

一人で抱え込まず、周囲にいる介護のプロに相談して、知恵を借りましょう。

あん・だんてでは、通院付き添いサービスでご家族あなたをサポートしています。

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